Research

〜SWELの研究について〜

SWEL代表 古川英光の年表(2009年~現在)

  • 2009年4月 – 山形大学大学院理工学研究科 准教授に着任。ソフト&ウェットマター工学研究室(SWEL)を設立し、代表に就任。同年、ゲル材料を自由造形できる3Dゲルプリンターの開発に成功。
  • 2009年度~2012年度NEDO若手研究グラント(研究代表)に採択。「超微量ゲル試料のナノ構造解析システムの開発」に取り組み、2010年には走査型顕微光散乱法による微量ゲルのナノ構造解析装置の開発に成功。
  • 2012年 – 山形大学教授に昇任。世界的な3Dプリンターブームが起こり、古川の3Dゲルプリンター研究にも注目が集まる。自身初の3Dフードプリンターを完成(2012年)するも、当初は食材の固化に課題が生じ、以後2~3年の試行錯誤を経て2015年にスクリュー式押出法など新方式の開発に至る。
  • 2013年11月 – 文科省/JST COI(センター・オブ・イノベーション)プログラムに採択。慶應義塾大学が中核となる「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点」のサテライト拠点リーダーを務め、以後2021年3月まで約9年間プロジェクトを推進。同年、山形大学内にライフ・3Dプリンタ創成センター(LPIC)を発足しセンター長に就任。
  • 2014~2018年 – 内閣府SIP「革新的設計生産技術」など国家プロジェクトに参画。先進的ゲル材料の実用化研究を拡大し、その成果を基に医療用ゲルデバイス(例:ゲル製人工軟骨や骨入り指モデル)や高強度ゲルの3D造形技術などを開発。
  • 2016年11月 – 山形大学発のベンチャー企業「株式会社ディライトマター」を共同設立。古川代表は特別技術アドバイザーに就任。同社は革新的ゲル材料を用いたデバイス開発や企業の製品開発支援を目的とし、ゲル材料の社会実装に取り組む。
  • 2018年4月 – 産学官連携プラットフォーム「やわらか3D共創コンソーシアム」を山形大学を中心に設立。古川が会長に就任し、企業・自治体等10社・機関(発足時)が参加。食品・医療・ゲル・モビリティ・ロボティクスの5分野で部会を組織し、新材料実用化の期間短縮と新産業創出を目指す共創活動を開始。
  • 2018年~2021年 – COI拠点における研究開発を発展させ、コンソーシアム活動を通じて産学共創を推進。3Dプリンティング技術の高度化(例:複数のやわらか素材対応の4Dプリンティング研究)や、やわらか材料の社会実装プラットフォーム構築に取り組む。2021年10月、COIプロジェクトは最終成果発表を迎え、拠点はJSTより最高評価の“S”ランクを獲得(事業終了)。
  • 2022年12月 – 山形大学内に国際研究ユニット「サステナブル4Dコンビファブ(S4D-CNVFAB)」を設立、古川が代表に就任(※COIやコンソーシアムの成果を踏まえた後継研究組織)。
  • 2024年6月 – 山形大学発ベンチャー「株式会社F-EAT(フィート)」を共同設立、古川は取締役CTOに就任。3DフードプリンティングとXR(空間コンピューティング)技術の融合によって“食”の未来を創造する事業展開を開始。同年7月、NEDO先導研究プログラムに「革新的異種柔軟材料3D/4Dものづくり基盤の構築」テーマで採択され、産学連携体制で3Dゲルプリンターの商品化プロジェクトにも着手。
  • 2024年~2025年 – 3Dフードプリンターの社会実装加速。日本科学未来館での一般公開実証イベント(2024年12月)や産学イノベーション展示会への出展(レーザー式3Dフードプリンタ実演、ゲル粉末食品「COOLD FOOD」の展示など)を実施。国内外のメディアで「未来の食」ソリューションとして注目を集める。FOOMA JAPAN 2025などで古表自ら講演し、フードテック分野での社会的インパクトを発信中。国プロは4件を実施中

上記年表を踏まえ、以下に各プロジェクトの目的・取り組み・成果等を詳述します。

SWEL(ソフト&ウェットマター工学研究室)設立と活動概要

【設立の経緯・目的】古川英光は山形大学着任と同時にソフト&ウェットマター工学研究室(SWEL)を立ち上げました(2009年)。SWELは、水を含んだ柔軟な高分子材料(ゲルなどの“やわらかい物質”)を対象に、物質科学と工学を融合した研究教育を行うことを目的としています。従来、固体や硬質材料が中心だった機械システム工学分野において、古川は「やわらかもの」に着目し、ソフトマター(高分子ゲル等)の構造制御や成形加工技術を開拓する研究拠点を築きました。

【取り組み内容】SWELでは、ゲル材料の構造解析から加工プロセス開発まで一貫して研究しています。例えば高分子ゲルのナノ網目構造の評価法として、古川らは走査型顕微光散乱(SMILS)技術を駆使した解析手法を開発しました。これによりゲル内部の不均一構造を可視化し、ゲル材料の強度や機能性向上につなげる基礎研究を進めています。また3次元造形技術にも早くから取り組み、就任当初の2009年に世界に先駆けて3Dゲルプリンターを試作しています。この装置は電気制御式の3Dプリンターにより、高含水なゲル素材を狙い通りの形状に積層造形するもので、人工軟骨や組織モデルなどの試作に応用されました。SWELの研究チームは機械・高分子・生体分野の学生・研究者で構成され、食品、医療、ゲル素材、モビリティ(移動体)・建築、ソフトロボットといった5つのテーマチームで異分野融合研究を展開しています。例えば医療分野ではゲル製の手術トレーニング用モデル(骨格入りの人工指など)を開発し、実用化に向けた研究を行いました。

【主な成果と発展】SWEL発の成果として特筆すべきは、3Dゲルプリンティング技術の確立とその応用展開です。古川の開発した3Dゲルプリンターは、従来困難だった柔軟なゲル材料の自由造形を可能にし、この技術は後のフードプリンターやソフトロボティクス研究の基盤となりました。研究室は2012年までに複数台の試作機を改良し、2012年には食品素材を出力できる3Dプリンターにも発展させました。さらに2015年頃にはスクリュー押出方式の新型プリンターを考案し、チョコレートや寒天など粘性の異なる食材でも精密造形が可能となっています。SWELで培われたソフトマター加工ノウハウは多数の特許出願や学術論文に結実し、古川は2012年に教授昇任、国内外の学会から表彰・招待講演も受けています。また、研究室の技術は日本科学未来館の展示プロジェクト「知的やわらかものづくり革命」に採択されるなど社会教育の場でも紹介され、一般メディアにも取り上げられました。例えば、2024年12月の未来館イベントでは子供たちが古川研究室開発の3Dフードプリンターで出力したお寿司を試食し、その模様がニュースで報じられています。

【連携と社会的インパクト】SWELは大学内の一研究室に留まらず、産学官連携のハブとして機能してきました。古川は「先端ソフトマターの社会実装」を掲げ、NEDO、JST、内閣府など政府機関のプロジェクトに積極的に参画しました。SWELには企業からの受託研究や共同研究も数多く持ち込まれ、例えばトヨタ自動車とは新素材デバイスの試作研究を行い、ナリス化粧品とは化粧品向けゲル材料の評価研究など、多様なコラボレーションが展開されています(※COI拠点参画企業より)。これらの連携を通じ、SWELの技術は地域企業の技術支援ベンチャー創出にも波及しました。2016年設立の株式会社ディライトマターはその一例で、SWELの蓄積したゲル材料技術を産業応用するベンチャーです。こうした活動は「やわらかものづくり革命」として新聞・技術雑誌にも取り上げられ、山形大学発のイノベーションとして地域産業界からも期待を集めています。

NEDO若手研究グラント(2009~2012年)によるゲル解析技術の開発

【採択・開始時期】古川は山形大赴任直後の2009年度に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の若手研究グラントに研究代表者として採択されました。助成期間は2009~2012年度で、当時40歳前後の若手教授として意欲的に先端計測技術の開発に挑んでいます。

【研究目的】テーマは「超微量ゲル試料の構造解析システムの開発」であり、水分を多く含む柔らかいゲルの内部構造をナノスケールで解析する革新的な装置を作ることが目的でした。従来、ゲルや生体組織のようなソフトマター内部の微細構造を見るには中性子やX線散乱など大型施設が必要でしたが、本研究では光散乱を用いた卓上型システムで極微小な試料の網目構造や不均一性を可視化しようとしました。これにより、新素材ゲルの開発や生体組織工学への応用において、少量サンプルで迅速に構造評価する手法を確立する狙いがありました。

【取り組み内容】研究チームは、顕微鏡ステージと散乱光検出器を組み合わせた走査型顕微光散乱(Scanning Microbeam Light Scattering, 略称SMILS)装置の開発に着手しました。ナノメートルからマイクロメートルスケールの構造を持つゲル試料にレーザー光を当て、その散乱強度分布を試料内を走査しながら測定することで、場所ごとの網目密度や構造ゆらぎを解析するものです。古川らは試作した装置で、高分子ゲルの網目構造の空間的不均一性を評価することに成功しました。その成果は2010年3月にNEDOからプレスリリースされ、「走査型顕微光散乱による微量ゲル状試料のナノ構造解析システムを開発」と報じられています。このシステムは世界初の試みで、極少量のゲルでも内部のナノ構造を可視化できる点が画期的でした。

【主な成果】本研究の成果として、ゲル内部構造解析装置(SMILS装置)の試作・実証が挙げられます。NEDOの発表によれば、本装置を用いて高分子ゲルの網目の均一性を評価し、ゲル合成条件と構造特性の関連性を明らかにしています。例えば、重合条件を変えたゲル試料にSMILS測定を行い、網目構造のばらつきがゲル強度に与える影響を定量化しました。この知見は均一で高強度なゲル材料を設計する上で重要であり、実際に得られたデータを基に高強度ゲル創製法の指針が得られています(古川らの学会発表より)。さらに、本プロジェクトで培われた技術は後に光散乱法によるリアルタイム3D造形モニタリングへ応用されました。3Dプリンターで成形中のゲル物体内部をその場で解析し、造形精度を保証するシステム(造形物内部構造のインライン計測)として発展しており、のちの異種材料3Dプリント基盤技術にも組み込まれています。

【企業・大学との連携】NEDO若手グラントは主に大学内の基礎研究支援ですが、古川のプロジェクトでは光学計測機器メーカーや高分子材料メーカーとの情報交換も行われました。当時、東北大学や産総研などで近いテーマの研究者とも交流があり、光散乱解析の知見を共有しています。また、この成果は山形大学内の他部門(高分子化学分野)との共同研究にも派生し、ゲル材料の応用評価で横断的な連携が生まれました。

【メディア掲載・社会的意義】本研究は専門的色彩が強いものの、NEDOが成果をニュースリリースしたことで技術専門誌に紹介されました。「日経産業新聞」などで“ゲルの内部を見る新技術”として取り上げられ、将来的に創薬や再生医療材料の解析に役立つ可能性が示唆されています。若手研究者による挑戦的研究の成功例として、NEDOの年報にも掲載されました。加えて、古川はこの成果をもとに学会シンポジウムで講演し、次世代の計測技術として内外の研究者にインパクトを与えました。ゲル材料のミクロ構造解明は、その後のソフトマター科学全体の発展にも寄与し、古川の研究は日本の高分子ゲル研究のフロントランナーの一人として評価を高める契機となりました。

COI(センター・オブ・イノベーション)関連プロジェクトへの参画と成果

【COI採択と拠点概要】古川は2013年末、JST主導の大型産学連携プログラムCOI(Center of Innovation)に参画しました。採択された拠点の正式名称は「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点」であり、慶應義塾大学を中核(拠点リーダー:村井純教授)とし、山形大学を含む全国10大学・研究機関と多数の企業が連携するコンソーシアム型プロジェクトでした。古川は山形大学サテライト拠点の研究リーダーを務め、主にデジタルファブリケーション技術の革新ソフトマテリアルの活用に関する研究開発を指揮しました。COI拠点のビジョンは、一人ひとりの個性・感性をものづくりに直接反映できる社会=「ファブ地球社会」の実現です。具体的には、3Dプリンター等のデジタル製造技術と、人間の感性価値(好み・創造性)を結び付け、必要なものを誰もが創造・生産できる持続可能な社会モデルを追求しました。

【研究の目的・内容】古川のチームが担ったのは、「プロセス&テクノロジーグループ」における新しい設計・製造技術の開発です。ここではソフトマター材料による3Dプリンティング、いわゆる4Dプリンティング(時間経過で形状や特性が変化する造形)やソフトロボティクスの基盤技術を開発することが目的となりました。例えば、複数のゲル材料を組み合わせて自己変形する構造体を作る手法、ゲルの動的反応(光・温度・水応答)を組み込んだプリント材料の開発、造形過程をAI・センサーでモニタリングしてトラブル時に条件補正する自律型プリンティングシステムなど、先端的な研究課題に取り組んでいます。また、他大学のグループと協調し、人間の感性評価と連動したデザイン生成、バーチャルリアリティ上での製品試作なども含め、ものづくりのプロセス全体を革新するプラットフォーム作りを目指しました。

【産学連携・体制】COI拠点には慶應義塾大学SFC研究所関西学院大学明治大学などが参画し、人間科学から工学まで幅広い専門家が集いました。企業側もオカムラ、パナソニック、ニコン、本田技研、三菱ケミカル等、大手から中小まで多数参加しています。山形大学チームは特に材料系企業(JSR、住化分析センター等)やデザイン系企業(スタジオミダス、デジタルファッション社等)と連携し、ソフト材料とデジタル製造を融合した製品コンセプトの創出に努めました。古川自身、週の半分以上を東京(慶應SFCなど)での打ち合わせに費やし、開発中の試作機(ゲルプリンター)や試作品を携えて企業と意見交換するなど精力的に動きました。2015年にはCOI本採択に伴い、「ライフ・3Dプリンタ創成センター」が山形大工学部内に設置され、古川がそのセンター長として学内外の研究者をまとめています。このセンターはCOIの枠組みで得た知見を大学全体に波及させる役割を果たし、学内の他分野(医学部や農学部など)との協働も促進しました。

【成果・社会実装】COIプロジェクト(2013~2021年)で古川らが残した成果は多岐にわたります。技術面では、複数材料対応の3Dプリンター時間的要素を組み込んだ4Dプリント材料の試作に成功し、これらを活用した試作デバイス(例:温度で形状変化するゲル製品等)をいくつも創出しました。また、生活者参加型のものづくり実証も行われ、ワークショップで一般の高齢者が自分の欲しい生活支援具をデジタル工作で作る試みなど、ファブ社会の一端を体験するイベントも実施されました。これらの活動成果は毎年シンポジウムで公表され、2021年10月の最終成果発表会では、拠点全体の集大成としてガイドブックの刊行や試作展示が行われています。山形大学チームの成果としては、後述する「やわらか3D共創コンソーシアム」の立ち上げ自体がCOIの成果の社会実装といえます。実際、COI期間中に古川は“新規革新的材料の実用化を30年から3ヶ月へ”というビジョンを打ち出し、それを実現する場として学内外の賛同者を募りコンソーシアムを結成しました。このようにCOIで培ったネットワークと研究基盤は、プロジェクト終了後も持続可能な形に引き継がれ、山形大学発のオープンイノベーション創出につながっています。

【メディア・社会的インパクト】COI拠点の挑戦は「個の創造性を解き放つものづくり革命」として新聞・テレビでも取り上げられました。とりわけ古川の開発するフードプリンターゲルロボット(ゲル素材のロボット)は一般の関心を引き、NHKや経済誌で「未来のものづくり」の象徴として報道されています。さらにオバマ米大統領が2013年の一般教書演説で3Dプリンターを製造業革命の鍵と述べたことに触発され、国内でもCOIの動きが注目された経緯があります。COI採択によって山形大学は全国有数のイノベーション拠点として認知され、県・市からの支援、地域企業からの協力申し出が相次ぎました。米沢市ではファブ拠点関連の地域協議会が発足し、市民向けデジタル工房の設置など社会実装の裾野が広がっています。総じてCOIプロジェクトへの参画は、古川にとって研究成果の社会還元を強力に推し進める起爆剤となり、以降のコンソーシアムやスタートアップ創出へと直接的に結び付いたのです。

やわらか3D共創コンソーシアムの立ち上げと活動

【設立の背景】2018年、COI等での成果とネットワークをさらに発展させる形で、古川を中心に「やわらか3D共創コンソーシアム」が設立されました。正式な発足日は2018年4月6日で、同日に東京・田町のキャンパスイノベーションセンターでキックオフシンポジウムが開催されています。このコンソーシアムは山形大学が主導しつつ、事務局運営は早稲田大学アカデミックソリューション株式会社に委託する形で産学官合同のオープンプラットフォームとして組織されました。背景には、古川氏が提唱する「やわらかものづくり革命」を実現するには大学内の一研究室だけでは不十分で、企業・行政・他大学を巻き込んだ共創の場が必要との判断がありました。

【目的とビジョン】本コンソーシアムの旗印となったのが「“新規革新的材料の実用化を30年から3ヶ月へ”のものづくり革命」というスローガンです。これは、新素材の研究開発から製品化まで通常は数十年かかるプロセスを、産学官の密な協働とデジタル技術の活用によって飛躍的に短縮しようという宣言です。そのための具体的目標として、(1) 研究開発・イノベーション創出拠点の形成 – 3Dプリント×デジタルFABによる新素材実用化加速の拠点づくり、(2) 中小企業巻き込みによる地域新産業創出 – 地元企業も参加し地域発の産業を育成、(3) 未来のものづくり人材育成 – 大学と企業が連携した人材育成、の三点が掲げられました。要は、オープンイノベーションによって柔軟なものづくりのエコシステムを築くことがビジョンです。古川は会長就任講演で「アイデア出しから製品化・事業化までを一堂に会した共創で行う」ことの意義を強調し、参加者に協力を呼びかけました。

【組織体制・取り組み内容】やわらか3D共創コンソーシアムは、発足時点で産学官10機関が参加し、以後参加メンバーは順次拡大しています。内部には5つの専門部会食品医療ゲルモビリティ(構造・ウェルネス)、ソフトマシン(ソフトロボティクス))が置かれ、それぞれの分野で具体的プロジェクト創出を図っています。例えば「食品部会」では3Dフードプリンターで食品加工を高度化する研究、「医療部会」ではゲル臓器モデルの実用化、「ゲル部会」は高機能ゲル材料の製造法開発、「モビリティ部会」は車両用柔軟デバイスの共同研究、「ソフトマシン部会」はゲルロボットの開発、といったテーマです。コンソーシアム全体会合は年数回開催され、部会ごとの研究会も随時行われています。参加企業はスタートアップから大手メーカーまで様々で、山形大学内の研究者・学生とチームを組み共同研究試作評価を進めています。特徴的な活動として、古川の研究室で開発した3Dゲルプリンター「GelPiPer」をコンソーシアム企業に貸し出す「GelPiPerアンバサダー」制度があります。食品、医療など各部会企業がこのプリンターと専用ゲルインクを試用し、ユーザー視点のフィードバックを集める取り組みで、装置改良や新規ニーズ発掘に役立てています。また東京・大阪でワークショップや勉強会を開き、異業種の参加者同士がアイデアを出し合う場も提供されています。組織運営面では幹事企業や大学で構成される運営委員会が設置され、プロジェクトの採択審査や予算管理を行っています。資金源としてJSTの産学共創プラットフォーム事業(OPERA)等の支援も受け、活動を持続可能にしています。

【主な成果】コンソーシアムから生まれた成果・プロジェクトとして、いくつか具体例が挙げられます。まず3Dフードプリンター分野では、食品部会の活動を通じて古川らの研究が大きく進展しました。後述の株式会社F-EATによる事業化の原型も、この場での産学アイデア交流から生まれています。実際、食品部会では食品メーカーや調理機器メーカーと連携し、複数の食品素材を組み合わせて印刷する多材料フードプリンタや、味・食感に優れた印刷食品のメニュー開発(例:ゲル化した高栄養食材のペースト化と造形)に取り組みました。その成果の一つがレーザー加熱式3Dフードプリンターの開発です。この装置はコンソーシアム参加企業の光学技術を取り入れ、印刷と同時にレーザーで食材を加熱調理できる世界初のフードプリンターとして2024年に完成しました。温かい出来立ての料理をそのまま積層造形する技術は、介護食や災害食への応用が期待され、国内外のメディアで「画期的なフードテック」として報道されています。医療部会では、ゲル製の臓器モデルを迅速に作る3Dプリント技術が確立され、医療機器メーカーとの共同で患者個別の手術シミュレーションモデルの試作に成功しています。ロボティクス部会では、ゲルの弾性を活かしたソフトアクチュエータ(柔らかいロボットの駆動部)のプロトタイプが開発され、触覚的に安全な次世代ロボットへの道を開きました。モビリティ部会では、自動車内装に使うゲル緩衝材を共同で開発し、軽量・高衝撃吸収なコンセプト素材としてトヨタなどが評価検討を行っています。さらに横断成果として、革新的異種柔軟材料3D/4D造形基盤の構築というテーマが生まれ、2024年にはNEDO先導研究プログラムに採択される快挙に繋がりました。これは山形大(古川研)、九州大、立命館大と企業数社による大型プロジェクトで、コンソーシアムで培った知見がベースになっています。

【社会的インパクト・メディア掲載】やわらか3D共創コンソーシアムは、地域と世界の双方にインパクトを与えています。地域面では、山形大学のある米沢市がものづくり拠点都市として注目され、中小企業から「参加したい」という声が相次ぎました。発足当初参加10社だった会員は、その後食品・医療・ITなど多様な業種から増加し、山形発のオープンイノベーション成功例として東北経済産業局など行政主催の事例紹介にも取り上げられました。メディアもこのユニークな試みに注目し、日経産業新聞は「産学コンソーシアムで挑む柔らか素材革命」と題した記事を掲載しました(2018年4月)。またNHK山形の特集では、ゲルで作るロボットや食品という一見奇抜な研究が真剣に産業化に向け動き出している様子が紹介され、市民から「夢がある」「地域発の技術で誇らしい」といった反響が寄せられました。コンソーシアムのキックオフには内閣府や文科省の担当官も来賓参加し祝辞を述べており、政府の産学連携政策のモデルケースとしても期待されています。何より、このコンソーシアムは大学の壁を超えて知と技術を共有し合える場を創った点が革新的でした。古川自身「大学内の一研究室の拘束を抜け出し、多くの企業・団体と技術や情報を共有し合えるプラットフォームが生まれた」と述べ、従来のクローズドな研究開発では成し得なかったスピードと成果が出ていることを強調しています。この取り組みは他大学にも波及し、類似の共創コンソーシアム設立(例:関西圏でのソフト材料コンソーシアム)など日本全体の産学協働の潮流にも影響を与えています。

「食」の事業化に関する近年の展開(3Dフードプリンターの社会実装とF-EAT社設立)

【フードプリンター開発の歩み】古川が食領域に本格参入したのは、前述の3Dゲルプリンター研究に端を発します。2012年頃、ゲル研究者であった古川は「食品も突き詰めればゲル状の物質。日本は寒天や煮こごりなど伝統的にゲル食材に親しんできた文化がある」ことに着目し、ゲルプリンター技術を食品に転用することを発案しました。こうして誕生したのが3Dフードプリンターです。当初は溶かしたゼリー液を冷却しながら積層する方式で試作しましたが、食材は工業樹脂のようにすぐ固まらないという壁にぶつかりました。古川は冷却温度や材料配合を変える試行錯誤を2~3年続けましたが、この熱溶解積層法では限界があると判断。そこで2015年スクリュー押出式の新手法を開発しました。筒内のスクリューを回転させて粘度の高いペースト食材を押し出す方式で、寒天やチョコレートなど幅広い食材の造形が可能となり、食材ごとの温度制御も組み込むことで精巧な立体物が作れるようになりました。しかし依然として課題はありました。造形時にどうしても必要となる“サポート材(支え)”を食で実現しようとするとフードロス(廃棄)が発生してしまう点です。この課題にも向き合い、古川は「土台が不要な造形法」を模索し続けました。その一環でコンソーシアム企業の助言も得て、レーザー加熱方式という新たなアプローチに辿り着きます。これは、出力する食材ペーストにレーザー光を照射しながら積層し、同時に加熱調理してしまう方法です。試作機は世界でただ1つの独自技術となり、2024年時点で古川らはレーザー式3Dフードプリンターの実用機を完成させています。この装置は電力消費10W程度と省エネで、バッテリー駆動も視野に入るため災害現場など電源の乏しい環境でも運用可能です。しかも調理まで一貫して行えるため出来立ての温かい料理を即座に提供できるのが大きな強みです。このように十数年にわたる研究開発で、多様な方式のフードプリンター技術を蓄積してきました。

【事業化への動き】研究が成熟するにつれ、「食の3Dプリンターを社会の課題解決に役立てたい」という思いが強まりました。古川は3Dフードプリンターの意義を問われ「世界人口が2050年に100億人に達すると言われる中、気候変動や砂漠化で食料増産は困難。経済的豊かな国では大量のフードロスが問題。必要なものを必要なだけ作り出せる3Dフードプリンターは、フードロス削減やパーソナライズ栄養供給に寄与し、タンパク質危機の緩和につながる」と語っています。また、液化天然ガス輸送時に発生する冷エネルギーを活用して未利用食材を凍結乾燥ゲル粉末化し、それを3Dプリンターの原料に供給するプロジェクトも立ち上げています。これはLNG冷熱で長期保存可能な食品粉末(古川らは「COOLD FOOD」と称するゲル由来冷凍粉末)を製造し、フードロス削減とエシカル消費を推進しようという試みです。さらに、古川は3Dフードプリンターの用途として介護食災害食にも着目しました。「食材を一度粉砕し再成形するプロセスは介護食と共通するため親和性が高い」として、嚥下困難な高齢者にも見た目や香りの楽しめる食事を提供できると期待しています。実際、余剰野菜(例:キュウリ)を粉末化し介護食に活かす実験では、「漬物をまた味わいたい」という高齢者ニーズに応える糸口が得られました。災害現場でも、常温保存できる食材粉末と省エネなフードプリンターがあれば、新たな緊急食供給システムになり得ると指摘しています。こうした社会貢献的なビジョンを背景に、事業化の機が熟したと判断した古川らはスタートアップの設立を決断しました。

【株式会社F-EAT設立(2024年)】
古川は山形大学発ベンチャー第3弾として、株式会社F-EAT(フィート)を2024年6月に創業しました。社名は「Future Eat」から取られ、「未来の食を創る」という意味が込められています。代表取締役CEOにはフード業界出身の伊藤直行氏が就任し、古川は取締役CTO(最高技術責任者)として技術開発を統括します。他にデジタルコンテンツ分野の専門家である長江努氏が取締役に名を連ねており、食×デジタルの新事業に向けた布陣が敷かれています。F-EAT社は山形大学工学部内(米沢キャンパス)に拠点を置き、大学の研究資源と人材を活用しつつ機動的に事業を展開できる体制です。事業内容は多岐にわたり、3Dフードプリンティングに関する材料開発、メニュー開発、製造・販売、コンサルティングに加え、関連ソフトウェアの開発販売まで含んでいます。これは単にプリンター装置を売るのではなく、食材インク(材料)からデジタルレシピ、体験システムまで包括的に手掛ける戦略です。またF-EATはXR(AR/VR)技術との融合も掲げています。例えばVR空間で料理デザインを共有したり、食事体験をゲーム化するといった食のエンターテインメント領域にも踏み込む構想です。古川自身「AIにはできない、人間のクリエイティビティが邂逅することで生まれるワクワクを提供したい」と語り、単なる栄養摂取ではない“ドキドキ・ワクワクする食事”の創造を目指すとしています。

【最近の活動・成果】 F-EAT設立後、その動きは加速しています。2024年11月には東京で開催の「ビジネスチャンスEXPO」に山形大学古川研究室とF-EATが共同出展し、レーザー式3Dフードプリンターの実機デモや前述の「COOLD FOOD」ゲル粉末の展示を行いました。古川と伊藤社長自らブースでプレゼンテーションを行い、多くの来場者や投資関係者の関心を集めています。同イベントの特集インタビューでは、「未来の食が世界の課題解決にどう光をもたらすか」という切り口で古川が詳しく語り、フードプリンターによる食品ロス削減や新たな食文化創造の可能性が紹介されました。また2025年6月の国際食品機械展(FOOMA JAPAN 2025)にはF-EATがブース出展予定で、初日にはCEOの伊藤氏がピッチ登壇、CTOの古川も講演を行うと発表されています。これはフードテック業界でもF-EATが注目株となっている証と言えます。技術面では、レーザー式プリンターの商品化に向けた改良と並行して、食品ペーストカートリッジデジタル調理レシピの標準化にも取り組んでいます。さらに介護施設との共同研究や、大手食品メーカーとの試作メニュー開発も始まっており、早期の市場投入を目指しています。社会的反響としては、「食を通じて多くの人が幸せになる未来を創造したい。同じテーブルで子供から高齢者まで楽しく食事できる世界を広めたい」というF-EAT伊藤社長のメッセージに共感する声がSNS等で拡散されつつあります。高齢者介護の現場からも「プリンターで作った見た目の良い介護食を提供したい」という引き合いが来ており、実証実験のオファーが舞い込んでいます。

【連携と今後の展望】 F-EAT社の強みは、山形大学とコンソーシアムで培った広範な連携ネットワークにあります。既に共同創業メンバーには早稲田大学アカデミックソリューション社(コンソーシアム事務局)やスタジオミダス社(デザイン)等が関与しており、産学のハイブリッドチームが形成されています。今後は資金調達を進めつつ、量産体制の整備や知財戦略も強化する方針です。幸い、NEDO先導研究プログラムでの国費支援も得ていますので、研究開発と事業準備を両輪で進めることができます。将来的にはフードプリンターの海外展開も視野に入れており、欧米のフードテック企業や宇宙開発機関とも協議を開始しています。宇宙食への応用や、途上国の栄養問題への貢献など、スケールの大きなビジョンも掲げています。メディアはF-EATを「フードテックに特化した新会社」として紹介し、食品産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を担う存在として期待を示しています。古川らの挑戦は、単なるガジェット開発に留まらず、食のあり方そのものを変革しうる社会実装として、今後ますます注目されるでしょう。

【参考文献】 山形大学公式サイト、NEDO・JST事業報告、新聞記事、研究論文、コンソーシアムWebページ、関連企業プレスリリース等より2025.8.3、ChatGPT-4oのDeep Researchツールにより作成。(以上)